東京地方裁判所 平成10年(ワ)15281号 判決 1998年12月24日
原告 破産者a株式会社破産管財人X
被告 株式会社富士銀行
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 竹内洋
同 田子真也
主文
一 原告と被告との間において、原告がそれぞれ別紙譲渡債権目録<省略>の債権を有すること及び別紙供託金目録<省略>の供託金について還付請求権を有することを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1(一) 訴外a株式会社(以下「破産会社」という。)は、平成一〇年二月九日、手形不渡りを出し、同月一三日、東京地方裁判所に自己破産の申立て(同裁判所平成一〇年(フ)第六二〇号)をした。
(二) 破産会社は、同年三月六日、東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任された。
2 破産会社は、平成九年一二月当時、別紙譲渡債権目録<省略>の各債務者に対し、少なくともその金額欄記載の売掛金債権を有していた。
3 破産会社は、平成六年二月一日、被告との間で、破産会社が支払の停止又は和議開始の申立てがあったときは、被告に対する一切の債務について当然期限の利益を失い、直ちに債務を弁済することを確約した銀行取引約定書を締結した。
4 破産会社は、平成九年八月二九日、被告との間で、破産会社が被告に対して現在及び将来負担する一切の債務の担保として、破産会社が工事請負や売買等により取得した債権を次の約定で被告に譲渡予約する旨の契約(以下「本件債権譲渡予約契約」という。)を締結した。
(一) 破産会社は、被告の定める様式による譲渡予約債権明細書を提出する。
(二) 破産会社が銀行取引約定書第五条に基づき期限の利益を喪失した時点において、右明細書記載の譲渡予約債権は被告に当然に譲渡されるものとする。但し、その前においても被告が必要と認めたときは、破産会社に通知することにより譲渡予約債権は被告に譲渡されたものとする。
(三) 右により譲渡予約債権が被告に譲渡されたときは、被告は破産会社の代理人として譲渡債権の債務者に対して債権譲渡の通知をすることができる。
5 破産会社は、平成九年一二月二二日、東京地方裁判所に和議開始の申立てをした。
6(一) 破産会社は、平成一〇年一月一二日、被告に対し、別紙譲渡債権目録<省略>の債権及び別紙供託金目録<省略>の供託金を含む譲渡予約債権明細書を提出した。
(二) 被告は、破産会社の代理人として、同年二月一〇日以降、別紙譲渡債権目録<省略>の各債務者及び別紙供託金目録<省略>の各供託者(以下「第三債務者」という。)に対し、破産会社が第三債務者に対して有する債権を被告に譲渡した旨の通知をした。
7 別紙供託金目録<省略>の各供託者は、破産会社に対し、その供託金額欄記載の金額の請負代金債務を負っていたが、これを支払うべき相手方が債権譲受人である被告か、それとも破産管財人である原告であるのか確知することができないなどとして、同目録<省略>のとおり供託した。
8 原告と被告は、互いに相手方に対し、自己が別紙譲渡債権目録<省略>の債権を有すること、及び別紙供託金目録<省略>の供託金について還付請求権を有することを主張している。
9(一) 本件債権譲渡予約契約の無効
債権譲渡契約は、特定の債権が特定の譲受人に譲渡されたことを明確にしてなされることが必要である。すなわち、債権譲渡契約自体に、少なくとも譲渡される債権の種類、第三債務者の表示が必要である。
しかるに、本件債権譲渡予約契約においては、譲渡の対象となる債権としては「債権予約者が工事請負や売買等により取得した債権」との記載があるのみであり、「等」と表示するのでは債権の種類の表示として包括的で特定性がなく、第三債務者の表示が一切ない。
したがって、譲渡される債権が特定されていない以上、本件債権譲渡予約契約は無効である。
(二) 債権譲渡通知の無効
(1) 被告によって発送された債権譲渡通知書には、いずれも「通知人と第三債務者との間の取引に基づき通知人が第三債務者に対して取得した請負代金債権等の一切の債権」と記載され、括弧書きで「平成九年一二月三一日現在債権残高計」として金額が記載されている。
しかし、「請負代金債権等の一切の債権」との記載は、包括的であり、特定性が不十分である。また、括弧書きで「平成九年一二月三一日現在債権残高計」として金額を具体的に記載している以上、債権譲渡通知書に記載された譲渡債権は、破産会社の平成九年一二月三一日時点に存在した債権に限定される。そして、別紙譲渡債権目録<省略>の債権及び別紙供託金目録<省略>の供託金還付請求権に係る債権は、いずれも平成一〇年三月六日現在の債権であり、右譲渡債権とは同一性が全くない。
したがって、本件債権譲渡通知書は、譲渡債権の特定が不十分であり、また特定された債権は現在存在しないから、これをもって債権譲渡を原告に対抗することはできない。
(2) 本件債権譲渡通知書は、債権譲渡人である破産会社が債権譲受人である被告に譲渡通知発送の権限を付与し、被告がその代理人として譲渡通知書を作成し、発送したものである。
しかし、破産会社が本件債権譲渡予約契約締結時に被告に対して譲受人代理方式による譲渡通知の権限を付与したか疑わしい上、そもそも譲受人代理方式は、民法四六七条が譲渡通知を債権者が行うとする趣旨に実質的に反するものであり、債権譲渡通知として無効であると解すべきである。
したがって、本件債権譲渡通知書は、債権譲渡の通知としての効力はなく、これをもって債権譲渡を原告に対抗することはできない。
(三) 債権譲渡禁止特約
破産会社と訴外相模鉄道株式会社は、別紙譲渡債権目録六<省略>の債権及び別紙供託金目録二<省略>の供託金に対応する、破産会社が右会社に対して有する又は有した請負代金債権合計金一二三万七九〇七円について譲渡禁止特約を締結していた。
被告は、都市銀行であり、取引約款等により必ず自己の債務につき譲渡禁止特約を付けている。他方、訴外相模鉄道株式会社も大手の企業体であり、自己の債務につき譲渡禁止特約を付けていることは容易に推測されるところであり、被告は、破産会社と訴外相模鉄道株式会社間においても譲渡禁止特約があることにつき悪意又は重過失があった。
したがって、破産会社が訴外相模鉄道株式会社に対して有する又は有した請負代金債権の譲渡は無効である。
(四) 否認権の行使
(1) 故意否認
仮に、破産会社から被告への本件債権譲渡が有効であるとしても、本件債権譲渡予約契約書によると、破産会社が銀行取引約定書第五条に基づき期限の利益を喪失した時点において譲渡予約債権は被告に当然に譲渡されるものとしており、本件債権譲渡予約契約は、その効力の発生する時点を遅らせることにより対抗要件の否認を潜脱する目的をもって締結されたものである。
そうすると、係る停止条件付債権譲渡契約は、破産会社が他の破産債権者を害することを知りながらなしたものであり、かつ、被告も他の破産債権者を害することについて悪意であったから、原告は、本訴において、破産法七二条一号に基づき本件債権譲渡を否認する。
(2) 対抗要件の否認
仮に、破産会社から被告への本件債権譲渡が有効であるとしても、本件債権譲渡通知書による第三債務者への通知は、いずれも破産会社の支払停止(破産会社が和議開始の申立てをした平成九年一二月二二日若しくは破産会社が第一回の手形不渡りを出した平成一〇年二月九日)後、右破産会社の支払停止を知った被告によってなされたものであり、かつ本件債権譲渡予約契約が締結された平成九年八月二九日又は破産会社の和議開始の申立てによりその効力が発生した同年一二月二二日の時点から一五日が経過した後になされたものであるから、原告は、本訴において、破産法七四条一項に基づき右債権譲渡通知の対抗要件を否認する。
10 よって、原告は、原告が別紙譲渡債権目録<省略>の債権を有すること及び別紙供託金目録<省略>の供託金について還付請求権を有することの各確認を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因1ないし8の各事実は、すべて認める。
2 被告の主張
(一) 本件債権譲渡予約契約の有効性について
原告は、本件債権譲渡予約契約は、譲渡される債権が特定されておらず無効であると主張するが失当である。譲渡の対象となる債権を特定するための要素としては、まず債権者については当初から特定していることが必要であり、その他の要素として、債務者(第三債務者)、債権発生原因、期間、金額等が挙げられるところ、最小限債権者と債権発生原因を特定することを要し、かつこれで足りるというべきである。
本件債権譲渡予約契約では、破産会社が第三債務者との間で締結した工事請負契約ないし売買契約により発生した請負代金債権ないし売掛代金債権が譲渡の対象となる債権であることは契約書の文言上明らかであり、債権の特定性に何ら欠けるところはなく、本件債権譲渡予約契約は有効である。
ところで、本件債権譲渡予約契約の有効性を検討するに当たっては、同契約がいわゆる集合債権譲渡担保契約(停止条件付債権譲渡)であり、その目的債権は新たに発生したり弁済により消滅したりすることにより増減を繰り返し、また右契約時に未発生の将来の債権も目的債権となり得るという特性を有していることを考慮しなければならない。
そうすると、本件債権譲渡予約契約全体の有効無効を判断する必要はそもそもなく、債権譲渡の効力発生時において、本件で問題となっている各債権が右契約における目的債権に含まれるものとして識別することができるかどうかを判断すれば足りるとも解される。
本件債権譲渡予約契約によれば、譲渡予約者である破産会社は、被告に対し、債務者(第三債務者)、金額、債権の発生日等が記載された譲渡予約債権明細書を提出する約定になっているところ、本件では平成一〇年一月一二日付けで右明細書が提出されている。したがって、債権譲渡の効力が発生した平成一〇年二月九日の時点において、譲渡の対象となる債権は完全に特定しており、識別可能であったといえるから、右明細書記載の各債権については本件債権譲渡予約契約の効力が及ぶものである。
(二) 本件債権譲渡通知の有効性について
(1) 譲渡通知の特定性
原告は、本件債権譲渡通知書に記載された「請負代金債権等一切の債権」との記載は包括的であり、特定性が不十分であると主張するが、前述のとおり債権譲渡通知に記載すべき債権発生原因としては右程度の記載で足りるものであるし、本件債権譲渡通知書には、第三債務者は勿論、債権発生原因、平成九年一二月三一日現在の金額が記載されており、特定性に欠けるところがないことは明らかであるから、原告の主張は失当である。実際上も、訴外株式会社湘南神奈川中サービス外二社が被告からの債権譲渡通知に記載された債権を識別の上、供託手続をとっており、特定性に何ら問題がなかったことを裏付けている。
また、原告は、別紙譲渡債権目録<省略>の債権及び別紙供託金目録<省略>の供託金還付請求権に係る債権はいずれも平成一〇年三月六日現在の債権であり、一方で、本件債権譲渡通知書には「平成九年一二月三一日現在債権残高計」とあるから、両債権には同一性がないと主張しているが、債権の同一性は債権の発生原因によって判断すべきであり、特定の一時点における残高を比較しても何ら意味がないから、原告の主張は失当である。
(2) 譲受人代理方式
原告は、譲受人代理方式による債権譲渡通知は無効であると主張するが、係る方式による通知が有効であることは判例の大勢であり、本件においては、破産会社から被告に対して、破産会社の代理人として債権譲渡の通知をすることについて代理権が付与されているのであるから、被告が破産会社の代理人としてした本件債権譲渡の通知は有効である。
(三) 債権譲渡禁止特約
被告は、破産会社より原告の主張する譲渡禁止特約について説明を受けておらず、また係る請負代金債権に譲渡禁止特約が付されることは必ずしも一般的とはいえず、被告がこれを知らなかったといって重過失があったとはいえない。
(四) 否認権の行使について
(1) 故意否認
破産法七二条一項の故意否認の対象は、支払停止以前の場合には、実質的に破産者の財産状態が危機といえる時期以後の行為であり、そして、故意否認の場合に要求される「詐害の意思」は、まさに自己の財産状態が危機に瀕した状態における財産の処分により自己の財産がそれだけ減少し、債権者の共同の満足が低下するという認識である。
本件において、破産会社が被告との間で本件債権譲渡予約契約を締結したのは平成九年八月二九日であり、この時点では破産会社の財産状態が危機といえる状態になかったのであるから、破産会社に「詐害の意思」は認められない。
仮にこれが認められるとしても、被告は、右同日付けで破産会社に対して金四〇〇〇万円の融資を実行し、その後も同年一二月まで断続的に融資を実行しており、破産債権者を害する事実について善意であったから、破産法七二条一項但書により原告は被告に対し否認権を行使することはできない。
(2) 対抗要件の否認
① 支払停止の時期
原告は、破産会社の支払停止の時期を第一次的に破産会社が和議開始の申立てをした平成九年一二月二二日であると主張する。破産法上の支払停止は、弁済能力の一般的かつ継続的な欠缺を外部に表示する行為であり、支払停止を理由として破産宣告をするためには、過去の一定時点に発生した支払停止が宣告の時までに持続していなければならない。
被告が調査したところでは、右和議開始の申立ては平成九年一二月二五日に取り下げられ、破産の申立書によれば、同年一二月は破産会社に対する他の金融機関からの支援が見込まれていたというのであるから、仮に右和議開始の申立て時に支払停止が発生したとしても、その後解消されたと見るべきである。破産会社の支払停止の時期は第一回の手形不渡りを出した平成一〇年二月九日と解すべきである。
② 破産法七四条一項の一五日の起算点
破産法七四条一項の一五日の期間は、権利移転の原因たる行為の日からではなく、当事者間における権利移転の効果を生じた日から起算すべきであるから、破産法七四条一項の一五日の起算点を本件債権譲渡予約契約が締結された平成九年八月二九日とする原告の主張は妥当でない。
また銀行取引約定書第五条(期限の利益の喪失)第一項に「和議開始の申立」が掲げられているのは、和議開始の申立てには破産原因があることが必要とされており、係る申立てがなされた場合には銀行に対する返済がなされなくなる危険性が高いことを考慮したためである。したがって、本件のように破産手続に移行することなく、和議開始の申立てが取り下げられたような場合には、同条項の適用はなく、当然に期限の利益を喪失するものではない。実際上、平成九年一二月から平成一〇年一月にかけて被告と破産会社は破産会社の資金繰りについて協議を重ねており、破産会社からは融資の依頼までなされていたのであるから、到底期限の利益が失われた状況になかったことは原告自身十分承知の筈である。
本件では、破産会社が手形不渡りを出した平成一〇年二月九日の時点で期限の利益が失われ、被告は、同年二月一〇日から同月一六日にかけて本件債権譲渡通知を発送しているから、権利の移転があったときから一五日を経過した後の対抗要件具備行為に当たらず、破産法七四条一項により否認することはできない。
第三証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因事実について
請求原因1ないし8の各事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、まず、請求原因9(四)(2)について判断する。
1 破産法七四条一項は、対抗要件具備行為が権利の設定、移転又は変更の日から一五日を経過した後にされたものである場合には、破産管財人においてこれを否認することができる旨規定しているが、右一五日の期間は、権利移転等の原因たる行為がされた日ではなく、当事者間における権利移転等の効果を生じた日から起算すべきである(最高裁判所昭和四八年四月六日判決・民集二七巻三号四八三頁参照)。
しかして、破産会社は、平成六年二月一日、被告との間で、破産会社が支払の停止又は和議開始の申立てがあったときは、被告に対する一切の債務について当然期限の利益を失い、直ちに債務を弁済することを確約した銀行取引約定書を締結したこと、また、破産会社は、平成九年八月二九日、被告との間で、破産会社が被告に対して現在及び将来負担する一切の債務の担保として、破産会社が工事請負や売買等により取得した債権を破産会社が期限の利益を喪失した時点において、破産会社が被告に対して提出した譲渡予約債権明細書記載の債権は被告に当然に譲渡されるものとするとの約定で被告に譲渡予約する旨の本件債権譲渡予約契約を締結したこと、破産会社は、平成九年一二月二二日、東京地方裁判所に和議開始の申立てをし、平成一〇年一月一二日、被告に対し、譲渡予約債権明細書を提出したことは、前記のとおりいずれも当事者間に争いがないところ、本件債権譲渡予約契約に基づく譲渡予約債権は、少なくとも破産会社が期限の利益を喪失したときに当然に被告に譲渡されるものと解するほかなく、したがって、遅くとも破産会社が和議開始の申立てをした平成九年一二月二二日に譲渡予約債権明細書記載の債権は被告に譲渡されたものと認めるのが相当である。
そして、右のとおり破産会社が被告に対し譲渡予約債権明細書を提出したのが平成一〇年一月一二日であったとしても、譲渡予約債権の譲渡の効果は期限の利益を喪失した平成九年一二月二二日に遡って発生するものと解されるし、また破産会社がその後右和議開始の申立てを取り下げたとしても、右債権譲渡の効力に影響を及ぼすものと認めることはできず、いずれも右認定を妨げる事由とはなり得ない。
2 そして、破産会社が平成一〇年二月九日第一回の手形不渡りを出して支払停止となったこと、被告は、破産会社の代理人として、同月一〇日以降、第三債務者に対し、破産会社が第三債務者に対して有する債権を被告に譲渡した旨の通知をしたことは、いずれも当事者間に争いがなく、破産会社が平成一〇年二月九日に支払停止となったことを被告が知っていたことは、被告において明らかに争わないものと認められる。
そうすると、その効力はともかく、破産会社を代理した被告の第三債務者に対する債権譲渡の通知は、破産会社の支払停止後になされ、かつ、債権譲渡の効力が生じた日である平成九年一二月二二日から一五日を経過した平成一〇年二月一〇日以降になされていることは明らかである。
3 右によれば、被告の本件債権譲渡の対抗要件具備行為は、本件債権譲渡の効力の発生した時点から一五日を経過した後にされたものであるから、破産法七四条一項により否認の対象となるものというべきである。
三 以上の次第で、原告の本訴請求は、いずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山﨑勉)
<以下省略>